日本初!ジンバブエの若きカリスマセンターバックを特集!

ティーンエイジ リンガニ ハデべ(Teenage Lingani Hadebe)

1995年生まれ若干22歳(2018年現在)の大型新人。

そして、アフリカ・ジンバブエの貧困地域“マココバ”が生んだセンターバック。

恐らく、彼の名前・顔さえも知らない人が多いのではないだろうか。

しかし、彼は間違いなくBIGになる可能性を秘めている。故に、是非とも名前と顔を覚えていただきたい逸材なのである。

今回は、日本で初めてそんなハデべ選手を特集していく。

ハデべとは!?

彼の最大の武器。

それは、

対人(1対1)での強さである。

特に、空中戦でその実力いかんなく発揮される。

加えて、左足から繰り出される強烈かつ正確なキック・強いキャプテンシーでも多大なる貢献をする。

身長は180cmと現代サッカーにおいて大きいといえる身長ではない。
しかし、彼の身体能力は計り知れない。

彼が最大の憧れとして挙げる選手は「セルヒオ・ラモス」

サッカー好きであるなら誰もが知っている世界を凌駕するスペイン人センターバックである。

著者はそんな彼と何度かジンバブエでプレーする機会を持ったが、その抜群の身体能力から生み出される数々のスーパープレーに、将来はJリーグでプレーしてほしいという密かな想いを抱いていたのである。

もとい。

センターバックと聞くと、ディフェンス力に加え、得点能力も必要不可欠なものとなりつつある。

さて、現代のサッカーではセンターバックに求められることも多くなっている。

具体的には、

試合中にボールにかかわる積極性。

ディフェンスの要であることはもちろん、ゲームを下から組み立てる・攻撃の始まりという役割。

そして、ディフェンス能力、空中戦での強さ、パス能力、メンタル・フィジカル強さ。

などが挙げられる。

その中でも必要不可欠な要素が“セットプレーでの得点力”。つまり、ヘディングの強さである。

幸いにもこの点において、ハデベの右に出る選手はジンバブエには存在しなかった。

センターバックでありながらナショナルチームで「11戦4得点」(2018年現在)をあげているのである。

ジンバブエでの原点

ハデベはジンバブエの「バンツーローバーズ」でサッカー人生をスタートさせた。

その後、ジンバブエのビックラブである「ハイランダーズ」への移籍(2015年)を果たす。

当時も彼の左足のしなやかなパス、対人での強さには同ポジションとして魅力さえ感じていた。

その後、ジンバブエのチキンインへと移籍し、チームのタイトル獲得に大きく貢献(2016年)

そんな活躍が評価され、ジンバブエ代表にコンスタントに呼ばれるようになるのである。

“兄のような存在”ナカンバとの出会い

マーヴェラス・ナカンバ。ハデべのストーリーを語る際に彼の存在を無視することはできない。

彼もまた、ジンバブエ代表を背負う24歳(2018年)のミットフィールダーである。
ハデベとはバンツーローバーズで共にプレーした間柄だ。(2010-12年)
ハデベは2つ上の彼のことを慕っていた。
彼の経歴、経験、そして生き様が彼のキャリアに大きな影響を与えたことは間違いない。

ナカンバの経歴は・・・

・2012年リーグ・アン(フランス)「ASナンシー」へと移籍。(トライアウト合格)
・2014年にトップチームへと上がるがわずか2試合の出場で移籍。
・2014-17年エールディヴィジ(オランダ)「フィテッセ」へと移籍。(67試合に出場)
・2017年にはジュピラー(ベルギー)「ブルッヘ」へと移籍。

数々のチームに渡りプレーする彼に大きな刺激を受けていたに違いない。

「今でも週に1回は連絡を取る」

というナカンバの存在は、ハデべの飛躍に一役買っているである。

そしてハデベもまた国境を越えたのだ。

新しい冒険!南アフリカの強豪カイザーチーフスへ!

カイザーチーフス 南アフリカプレミアリーグ(略称:PSL)にそのクラブは在籍する。
アフリカ内には大きなリーグがいくつかあるが最大にして最強のリーグがこのPSLである。

彼はシーズンが始まると、10試合連続出場(2018年)を果たしている。
安定した守備力と対人における強さが現地でも高く評価されている。

新境地の南アフリカ「カイザーチーフス」での今後の活躍もそうであるが、ジンバブエ代表での活躍が非常に楽しみである。

そして、彼の持ち味であるヘディングを活かした「移籍後初ゴール」に期待したい。

今後のジンバブエ代表を背負っていくであろう、キャプテンシーを持つハデベの姿はたくましさを感じる。

最後に・・・

ハデべと初めて出会ったのは著者が青年海外協力隊としてジンバブエに赴任していた2015年。ジンバブエ第2の都市であるブラワヨのスラム地域である“モココバ”と呼ばれる場所に彼はいた。

当時、ジンバブエのビッククラブでプレーしていた彼はもはやそのようなスラム街に住む必要はない。しかし、彼はそこに住み続けた。

なぜか。

彼は、自分の練習が終わると、子供たちにサッカーを教えてあげていたからだ。

“自分自身のように、サッカーを通して貧しさから脱却ほしい”

時に厳しく子供たちを叱る彼の姿からはそんな決意を読み取ることができた。

編集長編集長

そんな心優しく、人格者な一面を持つハデべの今後のさらなる活躍を見守っていきたいですね


(ハデべが指導していたブラワヨ、マココバ地区の子供たち)