あなたは若干18歳でJリーグに挑戦し、その後世界的なスター選手への階段を一気に駆け上がったあるアフリカ人選手の物語をご存じだろうか?

今回は、文化も風習も言葉も違う異国の地から頂点まで這い上がった不屈の精神を持つ男のサクセスストーリーをご紹介したい。

JAPANドリームを掴んだコートジボワールの青年とは?

JAPANドリームを掴んだ男の名はセイドゥ・ドゥンビア

彼は18歳のときにコートジボワールから日本にやってきた。

徳島で活躍し、スイスの名門クラブへ移籍すると、2年連続でリーグ得点王とMVPを受賞し、数あるオファーの中からロシアのCSKAモスクワへ移籍。

そしてロシアリーグ年間MVP、そして得点王にも2度輝き、2010年南アフリカW杯にもコートジボワール代表選手として出場した。

その後は、ローマ(イタリア)、ニューカッスル(イングランド)、バーゼル(スイス)、スポルティング(ポルトガル)などの超一流クラブを渡り歩いている。

来日の経緯とは?

ドゥンビアは、10代前半から国内リーグでプレーし、2005年には18歳でコートジボワールリーグ得点王に輝く。

この実績を買われて日本に呼ばれ、当初ヴィッセル神戸の練習に参加。

契約に至らず帰国するが、その後2006年途中に柏レイソルへの入団を果たす。

遠いアフリカのドゥンビアの動向を追い続けた柏レイソルのスカウト人の能力の高さを垣間見ることができる出来事である。

当時、柏レイソル時代に親交を深めた酒井宏樹選手とは現在でも連絡を取り合っているという。

また、カタコトながら在日中に日本語を話すことができるよになったことで多くのチャンスを手に入れることができたとも言われている。

ドゥンビア”の成功事例から学ぶこと

確かに、「元」スーパースターや、「元」○○代表を獲得して選手たちのロールモデルにしたり、観客増員の為のマーケティング材料として用いる手法も素晴らしい。

しかし、柏が行ったような“アフリカの若手選手”への投資がそのクラブにもたらす利益は計り知れない。

実は、FIFAは、国際移籍をするような優秀な選手を育てたクラブ(12歳-23歳在籍チーム)が、その対価を得られる制度として「連帯貢献金」を定めている。

選手が国際移籍をした場合に、移籍金の5%が連帯貢献金となる。

12-15歳まで所属したクラブは1年当たり移籍金の0.25%、16-23歳までのクラブは0.5%を、移籍先に請求することができる(育成したクラブの申告制)。

つまり、彼がJで所属していたクラブにはかなりの額の連帯貢献金が入ってきていることになる。

それだけではない。

アフリカでサッカーは爆発的な人気を博しており、特に自国選手の移籍情報には国民全体で目を光らせている。

勿論、ドゥンビアの日本での活躍は彼の祖国コートジボワールでは有名な話であり、知名度も飛躍的に向上する。

近年、マラウイのクラブチームを買収し、大成功を収めているBe forward など今後ますます”日本×アフリカサッカー”の熱は加速していくことが予想される。

ドゥンビアの成功事例を、そしてこのフォーマットを用いて第二、第三のドゥンビア獲得を目指すJクラブがあっても面白い気がする。

編集長編集長

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