アッという間の3か月。

1月からケニアに入り、

サッカーを通して500人以上の子供たちと接する機会を得て、ケニアの、ナイロビの暮らしがどのようなものであるかを経験することができた。

今回は、そんな経験を通して著者が感じたことを紹介。



サッカーの指導を通して・・・

ケニアでは、ケニア最大のスラムである“キベラスラム”に住む子供たちを対象にサッカーを指導した。

著者も実際にキベラスラムに入り、40歳まで生きられる確率が極めて低いというその過酷な状況を目の当たりにすると同時に、この状況から抜け出すことが現実的にいかに難しいことであるかということを理解した。

ここに住む子供たちの多くはこれまでサッカーの指導を受けたことがない。

しかし、サッカーが大好きで暇があれば仲間とサッカーをしている子供達だ。

時折見せる彼らのテクニックや奇想天外なプレーに心を奪われた。

一方で、この子供たちにとって今本当にすべきことは本当に“サッカー”なのか?
という疑問も抱いた。

サッカーよりも先に仕事を創出すること、少しでも栄養が行き届いた食事を毎日食べることの方が重要なことではないかと。

いずれにせよ、

サッカーを共に楽しみ、素晴らしい時間を共有できたことに間違いはない。

結果として、ケニアで最も大きなサッカーアカデミーのLIGIN DOGOに5人もの少年を送り込むことができた。

ケニアでのかけがえのない出会い

サッカーを通して、子供たちを通して素敵な大人たちと出会えることも珍しくない。

ケニアの首都ナイロビから車で1時間程度のティカという場所でストリートチルドレンたちのための施設“モヨ・チルドレンセンター”を全身全霊で運営する松下照美さん。

同じく、

ストリートチルドレンたちのための施設“BRYSGES CENTRE CHILDRENS HOME”を運営するアメリカ人のBRYSGES氏を訪れた際もそこのスタッフたちと子供たちの深い絆に大きな感動を頂いた。

きっと、このような活動をしている人たちは氷山に一角で今もこのケニアのどこかで子供たちの未来のために戦っている人たちが大勢いるのだろう。

当たり前のことだが、

そんな人たちの姿を見ていて思う事は“やらされていない”という事。

彼らは自分がしたいからやっている。

だから、ものすごく生き生きしていて輝いて見えるのだろうな。

彼らの姿から多くのことを学ぶことができた。

世界3大凶悪都市ナイロビ

ナイロビにはかなりの恐れと共に到着した。

それもそのはず、ケニアの首都ナイロビは常に世界三大凶悪都市にランキングされ、犯罪者の巣窟であるという認識があったからだ。

ケニア在住の日本人の方によると、ここまで

全く危険を感じずに生活することができたのはかなりのラッキーである

そうだ。

勿論、かなりの日本人の人たちが様々な被害に遭っていることを考えるとそう考えるのが普通だ。

しかし、これも当たり前のことだが、ナイロビには悪い人より良い人の方が圧倒的に多いということだ。

私があった限りではそう感じた。

困ったことがあるたびに気さくな笑顔と温かい気持ちでまるで自分事のようにサポートしてくれた人たちが大勢いた。

危険な街と言われるけど、同じく素敵な人たちが大勢いるということも併せて記述しておきたい。

最後に・・・

ケニアでの生活を終わるにあたり、本当に多くの方々にお世話になった。

ここではとても書ききれないが、

遠く日本から応援してくれる友人の言葉、

シンガポールでサッカーを頑張る同い年の友人の姿、

同じく、ジンバブエで夢を実現するために奮闘する友人、

必死に子供たちと向き合う現地で奮闘するコーチの姿勢、

彼らにどれほど励まされ、勇気づけられたかはもはや計測不能。

今後、そんな人たちに少しずつ恩返しをしていければ。

さて、

明日からはウガンダでの活動。

新しい環境と素晴らしい出会いを期待!



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